++Alive++

 

歴史を語る生業にいながらにして、肝心な自分の事については余り覚えていない事が多い。
例えば両親の顔とか、生まれた街の風景とか、最初に貰ったはずの名前とか。
ぼんやり覚えているような気もするけれど、全てはこの職に就く頃、イラナイ物として捨ててきた。
広い世界を正しく、正確に記録する為に、私情は不必要なのだ。
世界の表裏、美しい物や醜いもの、その全てを記録し、語り繋いで行くのが自身の役目。
話すべき時代に、話すべき者へ。日々膨大な知識を頭へと叩き込むのは、紙面に書き溜めて証拠を残さない為だ。
悲しくも、この世には美しいものばかりではない。汚い世界が蔓延していて、お世辞にも綺麗とは言い難い。
世の全てを、その汚い世界に悪用されないよう、伝えるべき人を選ぶ。

 

そして全ては、役目が終わればこの身の終幕と共に永久に闇へと葬り去られる。
…これで、人生の全てを賭けた任務は完了。

 

 

ぼんやりとこれからやるべき事の壮大さを痛感していた所で、壁に留められた走り書きの様なメモを見る。
子供の字で書かれたソレはミミズがのたくったかのような汚さで、紙の古さも相まって一層汚れて見えた。

『August 10th』

綴られた日付は、今になっても唯一捨てられずにいるモノ。
「特別」は持っちゃいけない。そう理解していても捨てることが出来なかった、幼き日の自分が書き留めたものだ。
世界を語り継ぐ一方で、自分の軌跡は何一つ残らない。それが酷く恐ろしくて、必死になって繋ぎ止めた。
今もソレは、ひっそりと壁の片隅に貼り付けられたまま、十数年の歳月を刻み続けている。
実を言えば、もうそんなモノは必要ないのだけれど、気がつけば毎年同じ日にソレを眺めているのが癖になってしまっていた。

 

「誰かが忘れても、お前の軌跡は俺が覚えていてやる」と、そう言われたのは12の時だった。
そんな事を言われたのはもちろん初めてで、同時に、生きた証を人の心へ残せるのだという事を、初めて理解した。
その時は嬉しいやら何やら、気がつけば思わず涙が零れてて、目の前で百面相を繰りかえすあの子に抱きついて泣いた。 自分の存在が刻まれる喜びに、消える恐怖から開放されて安堵したのだと思う。
それまでどこか燻っていた心が晴れ渡るようで、その日から繕いの笑顔ではなく、心から笑えるようになった。
それから毎年同じ日になると、あの子はどこへいても、律儀に連絡を寄越してくる。
いい年になった今もソレは続いていて、その度、自分はまだあの子の中で生きていられるだと、肯定されているようで嬉しかった。


ひらひらと貼り付けられた紙が舞う。
そろそろ必要無いものだけれど、今日、またあの子から連絡が来るまでは残しておこう。
毎年紙を眺めながらそう思うけれど、ソレは捨てられる事なく今も壁に張り付いたまま。
…何より、紙を捨てるなと言ったのが、何者でもないあの子だから。

 

「…結局、今年もまた捨てらんないんだろーなぁ…」

 

苦笑混じりに呟きながら指で突付くと、カサカサと乾いた感触が伝わった。

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間に合うか、間に合うか!?と結構焦っていたみたいです。そんな訳でラビ誕。
色々と捏造臭いのはいつもの事ですが、今回は日本語すら危うい感じがひしひしと…
もうちょっと日本語戻ってから書くべきだったか、と思いつつ書き直すのは面倒なのでしません(笑顔)(貴様)
薄暗いラビュー。ラビは内心一人で悶々とする所があったら可愛いと思います。