※思いっきしパラレルなので苦手な方は服用禁止。
 (神田は男でも女でもどちらでも可。ただし男だと女装ネタもプラスされます…笑)



−とある歯科医院の日常−






「ふぅ…」
一つため息を吐きながら、神田は手にしたカルテの束を棚へと戻した。
チラリと背後の診察室を見やれば、本日最後の患者だった近所の子供とやけに明るい母親の声が聞こえる。
とっくに治療も閉院時間も過ぎているというのに、中々出てこないその親子。

「(やっぱり最後にアイツが担当したのは間違いだったな…)」

ちらりと時計を見上げると、閉院時間を30分以上も過ぎている。
いい加減に声をかけようかと思い席を立つと、助手をしていたリナリーが
苦笑を浮かべながら戻ってきた。

「はぁ…あのお母さんまたよー…」

手にしたカルテでパタパタと顔を仰ぎ、彼女は受付カウンターの席へ倒れこむように座った。

「まったく皆飽きないのねー…今日で何人目かしら」
「今日は6人目だ。いつもよりは少ない方だな…」
「やっぱり最後の患者さんは兄さんに担当して貰った方が良かったかしらね…」
「その方が客引きが早いのは確かだな」

その代わり、客離れが激しくなるのも事実だ、と彼女の兄の治療法を思い出し苦笑した。



診察室へのドアへ手をかけると、中から話し声が聞こえた。
扉を開けると、膨れっ面で母親にしがみ付く子供と、満面の笑みを浮かべ子供そっちのけで話し続ける母親。
そして、担当医だった…アイツ。この歯科医院の院長、アレン・ウォーカー。




彼は元々、神田の父が開業していたこの病院へ勤めていた歯科医だった。
ところがある日、前院長である神田の父が突然隠居宣言したかと思えば、
その後継者に選んだのは実の子である神田ではなく、アレンだったのだ。
大分気に入られているようだとは思ってはいたが、まさか院長の座に納まるとは…
確かに腕は申し分ない。人柄も、まぁ傍から見れば良い方だろう。人望もそれなりに。
だが。唯一、欠点と言うか。当の本人もそこそこ気にはしているようだが、兎に角
病院関係者からしてみれば大迷惑な原因が彼にはあった。
白人種である彼は、そう年齢がいっている訳では無いものの、それでも実年齢とはそぐわない程
幼さを残す顔立ちをしていた。つまり童顔な訳だが、どうやらご近所の年上のご婦人方には大層
人気らしい。加えて紛いなりにも英国出身。誰にでも紳士的に接する彼の噂は瞬く間に広まった。
日に日に口コミで広がる噂に比例して、異様に女性患者が増えていく。ついでに親子連れも増えた。
女性患者が増え、選り取りみどりと言わんばかりに口説き始める者が若干1名ほどいたが、
患者が増えれば病院側にはそれなりに利益は上がるので、一見問題は無さそうに思われた。
が。思わぬ落とし穴がそこにはあったのだ。
来る人来る人、揃いも揃ってアレンを担当に指名するのだ。
別の医者を宛ようものなら、治療を拒む者まで出る始末。
お陰で一向に人数をさばく事が出来ず、待合室は常に満席状態だった。
さらに追い討ちをかける様に、アレンが担当する患者という患者が、
治療を終えたにも関わらず居座り続けるのだ。
後が控えている日中は、それなりに上手く言って帰すのだが、
閉院間近の患者になると、時間などお構い無し。
お陰で毎日のように、閉院時間が大幅にずれてしまうのだった。




そして、本日も例外に洩れず居座り続けて早、小一時間が経とうとしている患者がいた。
こちらに気付きもせず会話に没頭している所を見ると、どうやら愚痴の類らしい。
そして当のアレンはと言えば、然程度の入っていないノンフレームの眼鏡を指で押し上げて、
お得意の愛想笑いで絶えず相槌を返していた。
その様子に、何故か神田は自分の中の不機嫌バロメータがぐんぐん上昇するのを感じた。
わざと音を立てて壁にもたれ、大げさに咳払いをして見せると、
彼らはやっと気付いたようにこちらへ視線をよこした。

「お話中申し訳ありませんが。閉院時間も過ぎているのでそろそろ閉めたいのですが」

普段は滅多に使わない敬語で、しかも棒読み状態の言葉で睨み付けてみれば、
不機嫌さを感じ取ったのか、親子は逃げるように出て行った…。



「ありがとうございます神田。助かりました…あのお母さん、中々帰ってくれなくて困ってたんですよー…」

他に誰もいなくなった室内に、彼のあはは、と笑う声が響く。
ちらりとそちらを見れば、未だ幼さの残る無邪気な笑顔でこちらを見ている。
その笑顔を見ていると、胸の辺りのムカつきが増してくる。

「そーか?案外楽しそうだったじゃねぇか。流石、マダム・キラーなんて呼ばれてるだけあるぜ」

治療に使われた器具や椅子を片付けながら、嫌味ったらしくそう返すと、
背後から大げさな声が返ってきた。

「えぇ?ちょ、なんですかソレ!!」
「知らなかったのか?この近所じゃ有名な話らしいぞ。良かったな人気者で。
俺はもう帰る。戸締りよろしく院長」

自分で話していてどんどん募るイライラに、
くるりと踵を返して診察室を後にしようとすると、背後から腕を掴まれた。

「神田…?何か怒ってるんですか?待って下さいよ…」
「別に。離せよ、俺はもう帰る」
「別にって、思いっきり怒ってるじゃないですか。僕、何かしました…?」
「そんなに知りたきゃ自分の胸にでも聞け!!」
「やっぱり何か怒ってるんじゃないですか!」

二人して揉み合いになりかけていると、病院玄関の方から声が響く。

「カンダー?あたし先に帰るねーお疲れ様ー!!」
「え…ちょ、リナリー!!おい離せ!俺も帰る!!」
「ダメです!怒ってる理由聞くまで帰しません!!院長命令っ!!」

遠くで、無情にも玄関の重い扉が閉まる音が響いた。
何時の間にか壁際に追い詰められていて、顔を突き合わす形になる。
視線をすぐ目の前で浴び、居心地が悪いことこの上ない。

「一体どうしたっていうんですか…僕が何かしたなら謝りますから」
「別に…謝る必要なんかない」
「じゃあ…何で…」

何で、と言われても…。
神田は困ったように、アレンから視線を外す。

「神田…?」
「…っ、そ、そんなに話がしたいなら他の女と話してれば良いだろっ!!」

俺はベラベラ話すのは嫌いだ、と言いながら顔を逸らした神田の頬が、さっと変色する。

「えーと…その、それってつまり…」

アレンはと言えば、何だかとてつもなく嬉しい事を言われたような…
思わずぽかんと口を空けたまま、思考が硬直していた。

 

 



どれくらいそうしていたのか。
二人の息遣いしか聞こえなくなって、沈黙に耐えきれなくなった頃。
身じろぎをした神田が口を開いた。

「…いい加減離せ。もう帰る…」

その言葉に、アレンはふと我に帰ったように、掴んでいた腕を離した。
何だか、無性に嬉しい気がするのは気のせいだろうか、とアレンは自分の手の甲を抓ってみる。

「…何してんだお前」
「いや、夢でも見てるんじゃないかと…だって神田が嫉妬だなんてそんな…」
「う、うるさい黙れ!そんなんじゃ無いっ!!」
「あぁ…僕って、結構愛されてるんですね…良かった、これで無事に報告に行けそうですお義父さん!!」
「…お義父さんって誰だよ…」
「何言ってるんですか、お義父さんといえば前の院長先生、つまりあなたのお父上に決まってるでしょう!!」

突如、自分の世界に入り始めたと思えば、何だか訳の分からない事を口走るアレンを
神田は不審そうな目で見やる。急激に饒舌に語りだした彼を、止められる者は今ここには居なかった。

「もしかしたら愛されて無いんじゃないかとすっごく不安だったんですよ!あぁ、でも良かった。
これで何の心配もなく挨拶に行けます!僕を婿養子に貰って下さい、なんて中々珍しくて良いと思いません?!」
「……いっぺん死んで来い」


神田は、今度こそ明確に殺意を覚えた。


そんな某歯科医の日常。

 


某Hさんお誕生日企画で半ば強制的に送り付けた一品です(笑)(最低)
毎度毎度文章が纏まりませんが、プチスランプも相まって素晴らしい出来になりました(笑顔
ちなみにこんな感じの人物設定があったりなかったり…

神田:神田歯科、前院長の実子。歯科助手。
アレン:現院長。歯科医。日々神田にセクハラという名の求愛を続ける ちょっとおつむの困った院長。
リナリー:神田の同僚。歯科助手。唯一まとも。最凶(え?)
コムイ:歯科医その2。色んな意味で治療が大好きな変態。(出てきません)
ラビ:歯科医その3。女のストライクゾーンは広く浅く。(出てきません)


…阿呆ですみません(土下座