ごろり、ごろり。
視線の先には揺れる漆黒。
さらさらと、櫛の隙間を音を立てながら滑り落ちる、黒。
それは彼が、一番好きな色。

ごろり、ごろり。
さらり、さらり。
滑り落ちる度に、ふわりと薫るソノ匂い。
香水でもない。
洗髪剤でもない。
彼女自身の、薫り。












―漆黒 LoveRs―











こうして夜中に部屋を訪れるのも
彼女の日課をココから眺めるのも
もう何度目だろうか。
そうして、もうすぐ振り向くであろう彼女がかける言葉も
もう何千回と聞いた言葉。
梳かれたばかりの漆黒を翻して、鏡台から彼女が立ち上がる。


「おい、ミカン野郎…」

「「そんな所でゴロゴロするな」」

「…だろ?」


ほら、やっぱりね。
ニコリと笑顔で見上げれば、これまた予想通り
少しばかり不機嫌そうな顔をして、彼女がコチラを見ていた。


「…分かってるなら何度も同じ事言わせるな」
「えー…いいじゃんよ。俺、ユウに小言言われるの好きなんさー」
「そりゃ悪趣味だな」


文字通りツカツカと歩み寄って来て、床に大の字に寝転んだ俺と、
視線を合わせるように屈み込む。
その瞬間さらりと揺れて、彼女の両肩口から零れる黒。


いつも、この瞬間がすごく好きだ。


彼女の髪が、黒いカーテンみたいに降りてきて、
外界と隔離されたこの空間。
漆黒の世界にユウと二人きり。
いつも言葉を失って、彼女だけで満ちた世界を堪能する。


「…なんだよ」


沈黙に耐え切れなくなるのは、いつも彼女だ。
珍しいかもしれないけど、俺じゃない。
だって俺は、ユウがいれば言葉もいらないから。


「何でもねぇさー…ただ、綺麗だなぁって」
「何言ってんだ馬鹿が。頭の中まで糖分が沸いたか」
「酷でぇ…ほんとの事さ…?」


苦笑いをしながら一房黒を摘み上げると、
俺の指から逃れるように、滑り落ちる。
外の灯りを反射して、キラキラと光ながら流れる黒。


「…ユウ、良い女になったなぁ」


思わず顔が綻んで、見上げてみれば、
彼女の視線は困ったように揺れた。


「あれ、照れてんの?かーわいいねぇユウちゃんはー…」
「…う、るさい!!それ以上変なこと言うなら兎小屋へ帰れ!!つまみ出すっ!!」


ほんのり頬を染めて、悪態をつく彼女だけど
それが可愛いって分かってんのかな…。


「兎小屋ってひどいなぁ…でもダメさ、だって俺が兎なら寝床はアソコしかねぇもん」


ほら、と言うように彼女のベッドを指差す。
その瞬間、赤かった頬をさらに赤くして、息を詰まらせる彼女。


「…さっき俺の事ミカンって言ったけど、それならユウは林檎な」
「…は?」
「だってよー…ユウ、いつもすぐ赤くなるんさ林檎みたいに」
「同じ食い物でお前と括られたくない」
「いいじゃんさー。お前が林檎だったら、俺が美味しく食ってやるって」


へらっと笑って見せると、彼女は呆れた、と言うようにため息をつく。


「…食いもんじゃなくても食うんだろ」
「当ったり〜。さっすがユウ、分かってんねー」
「笑い事じゃねぇよバカ…」





真っ黒い闇が深くなる。
顔に彼女の体温が近づいて、そっと重なった。











夜明けはまだ遠いから
どうかまだもう少し
俺たちを匿って…





―漆黒Lovers



2月に某企画に参加した時に書いたブツ。
お題はラビユウで尚且つ嬢、と言う物。その他にも色々指令はあったりしたのですが、
そんなものは置いといて、問題は仮にも誕生日企画だというのに参加者中、ただ一人
真っ黒な配色をしている自分です(笑)

某所のみでの公開にしようかと思っていたのですが、そのまま消しちゃうのも勿体無い
気がして、献上したFさんの許可の下、折角なので引き取ってきました(笑)