一面の純白の世界を汚すように、ただ一雫
点々と染め上げる様は、まるで彼の人のようだと思わせた。




++ 深紅 ++

 

「あー…やっちゃった…」


それでもただ、見ているだけでしかなかった。
ソレは白い指先を裂き、小さく、少し深めの亀裂から昏々と滲み出ては雫となって、 今し方書き上げたばかりの紙面の白海へ、次々と染み渡っていった。

「マズイんだよねぇ…これ、急ぎの資料…」

そう思うならば指を退ければ良いのに。まるで他人事のように思いながらも、 未だ一定の間隔で垂れ落ちるその赤い液体は、己の視線と思考を奪って離さない。 ジクジクと次第に指先を刺激する感覚に、コムイは無意識に顔を歪ませた。

「えーっと…とりあえず止血しなくちゃ…」

手当たり次第に散らばった物の中から辛うじて、常に定位置にあるボックスからペーパーを掴み上げると、雫を垂れ流し続ける指先を圧迫するようにして包んだ。 握り締めた手のひらに伝わる、疼くような鼓動がヤケに気持ち悪かった。




冷静になって見渡してみれば、なるほど、思ったよりも事は悲惨な状態と言えた。 床を埋め尽くすまでに散らばった紙片は毎度の事、今しがた気にかけた書類もまた、あれから更に酷く汚れてしまっている。まさか己の血に塗れた書類を上に通すわけにもいかず…これでは、どう誤魔化しても使い物にはならないだろう。


ふと空いた片手で摘み上げた、既にただの紙切れと化したソレは、先ほどの鮮明な色を酸化させるように、ドス黒い色へと変色していた。純白を一瞬で染め上げ、ジワジワと更に侵食を重ね、まるで毒に侵されて行くかの様で気味が悪い。




そうまるで。
…彼に、似ているから。




「……うわ、嫌な色…!」


点々と連なる色を眺めて、ふと頭を過ぎる顔がある。
その顔をまじまじと思い浮かべては、コムイは思わず顔を顰め幻滅してみせた。 忘れようもない、彼の纏う色もまた、似たような色をしていた気がする。 もっとも彼の場合は、誰でも一目会えば忘れようもないのだろうが。色と然り、あの性格といい何といい。 ある意味、本当に『毒』のような男だったから。今だってこうして、ただ一点のソレを眺めているだけで今にも、彼の振り撒いていた香りが鼻先を掠めるような気がしてならない。 一瞬で何者の目をも心をも奪ってゆく、あの男は毒と言わず、猛毒とでも言うのだろうか。 その癖科学者であるはずの彼は、猛毒を盛るだけ盛って自分はさっさと眩んでしまうのだから性質が悪いと言えばこの上無い。



「全く、酷い男だよね…君って人は…今更だけど」




残されたモノはただ、目の前の純白と同様、蝕まれていく一方であるのに。




「…大嫌い。この色も…そして君も…。嫌いだよ」




そう、大嫌いだ。
自己主張の強すぎる、毒々しいまでのこの色も、それを纏う毒のような彼も。 忘れてしまえるモノならば一体どれだけ楽になれるのだろうかと、何度思ったことだろうか。 けれど、嫌と言うほどに刻まれたあの色は、彼は、コムイの思いの片隅からちっとも消えてはくれなかった。





血の勢いも治まり始めた指先は、まだ少しあの色がにじみ出ていた。
その指先を、汚れの少ない紙面へと押し付け、緩やかな弧を描きながら擦り付ける様にして辿って行く。


『C』


『r』


『o』


『s』


『s』


…―。



もう、幾年の月日が流れたのか。
それでもふとした拍子に、何事かとある度に…
過ぎるのは今でも、同じ顔でしか無かった。




「…絶対、逃がさないからね…クロス」




握り締めた手の中で、紙切れがクシャリと音を立てた。
纏わり付くような思いを振り払うように、丸めた紙を放り投げる。
ソレは大きく弧を描き、ダストボックスへと音もなく落ちていった。





染みきってしまったアノ色はもう、これ以上滲む事は無いのだから。

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昨年の頃に書いていた物を今更手直しでUP、と思ったんですが…
手直し、しなきゃ良かった…(苦笑)
クロコム、というかクロ←コムかな?この話は一応これでも言葉選びを考えたんですが…。 分からないよなぁ多分(苦笑)血生臭い話でスイマセン(笑)
コムイは血が似合うと思うんです。大流血じゃなくて、小さな傷口からジワジワと滲む感じの 血が…!!(あぁそうかい)